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《連載》ごまめの歯ぎしり(13)『100年やっても“ほねつぎ”』

2014年12月23日


  私が勤務していた整形外科病院のチーフになって2年程した時のことです。チーフの仕事にも慣れ、徒手整復の技術にも多少自信が持てるようになってきたところで、今思えばかなり有頂天になっていた時期でした。そんな時、前腕両骨骨幹部遠位骨折の小学校5年生の男子が来院しました。かなり治療の困難な骨折でしたが、徒手整復は奇跡的なほどうまくいき、安静が必要とのことで入院してもらうことになりました。入院患者さんには原則的に血液検査を受けてもらうことになっていて、検査の結果、当時、注目され始めたB型肝炎のキャリアーであることが判明しました。患者さんが未成年でしたから、当然、結果は両親に伝えられました。まだこの疾患に対する対応法が確立されていない時期でしたので、病院では安全を見込んで他の患者さんとの接触を避けるため個室に入院してもらったのですが、両親が個室に入院している理由として、検査結果を彼の担任に報告したのです。担任は多少の医学知識があったようで彼が学校に復帰した後、他の児童との関係などで扱いに苦慮していたようです。見舞いがてら「院長に学校での対応について意見を聞きたい」と母親が伝えてきました。先生の来院は土曜日の昼過ぎ突然で、勿論、院長とのアポなど取っていません。その日の当直だった私は看護師に呼ばれ、先生から「彼に対する学校復帰後の対応はどうしたら良いか?」と質問されました。私は「そのようなことは院長が直接お答えしますが、今、院長は食事に出かけていて、もうじき戻りますからしばらくお待ちください」と答えました。こうした遣り取りを繰り返し2時間ほど待ってもらい、ポケットベルを鳴らしましたが携帯電話が普及していない当時は、院長には連絡が付かず戻っても来ませんでした。待ちきれなくなった先生は「職員会議が始まりますのでもう帰らなくてはなりません。彼にはどう接すればよいのか教えていただけませんか」と私に迫りました。「それでは後日もう一度、来ていただければ院長から説明させていただきます」と話ましたが、先生は「学期末も近く、もう来られませんので、是非、対策を聞かせてほしい」と私の申し出を聞き入れてはくれませんでした。仕方なく私は彼を学校の中で隔離するわけにも行かないし、B型肝炎は法律で隔離しなければならないと決まっている病気でもないので、様子を見る以外にないのではないでしょうか」と答えてしまいました。先生は「そうですか」と言って帰っていきました。

 その直後に帰ってきた院長が「俺を呼んだのは何だ」と聞いたので、私は経緯を説明しました。にわかに顔色が変わった院長は「君は何の権限があって先生に説明したんだ、医学的な内容の話は医者が医者の責任で説明するもので、一介の“ほねつぎ”が自分の判断で説明することではない」と言って、あわてて親しい小児科医に電話で問い合わせました。小児科医によって私の説明したことに大きな誤りがなかったことは確認されましたが、院長の怒りは治まらず「言っていることが正しいかどうかが問題じゃねーんだ、誰が言ったかが問題なんだ!」、「君はこの頃、多少“ほねつぎ”として腕が良くなったからと思って思い上がっているんジャーねーか?100年やって“ほねつぎ”は“ほねつぎ”なんで、絶対に医者にはなれねーんだヨ!」と言いました。このことは、私が“医者”と“ほねつぎ”とは法律上の立場と責任に、越えられない高い垣根があることを強烈に教えられた出来事で、今でも自分の戒めとしています。

(文:呉竹医療専門学校 校長 細 野  昇)

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